ハイライト

  • 日銀は3月に異次元の金融緩和政策を終了しました。
  • 徐々に金利上昇が進み、潜在的な円高圧力が高まると、日本の株式および債券市場にリスクがもたらされる可能性があります。
  • 株式相場下落や地政学的ショックの場面でも、金は堅調に推移してきました。
  • 下振れリスクが限定的でリターンが魅力的という金ならではの特徴が、理想的な戦略的資産としての金の役割を支えています。
  • 2024年年初来の金の目覚ましいパフォーマンスは、あらゆる主要資産を上回っています。
  • 今後も世界の中央銀行はトレンドを上回る金購入を継続する構えであり、地政学的リスクの高い状況も続く可能性があることから、金は引き続き優れた戦略的価値を発揮するとみられます。

さようなら、マイナス金利

日本銀行(日銀)は、2024年3月18日、マイナス金利政策を解除して政策金利を0~0.1%程度に引き上げました。利上げは2007年以来となります1 。さらに日銀は、債券利回りを抑制するため2016年に初めて導入したイールドカーブコントロール(YCC)プログラムを廃止しました。この決定の背景には、1990年代以来の高いインフレ水準や31年ぶりの大幅な賃上げなどの要因があります2

また、日本の金利は今後上昇が予想されますが (図1)、日銀は世界の市場と自国経済に衝撃を与えることを避けるため、慎重に行動すると思われます。利上げ後に日銀の植田総裁は、当面は金融緩和策を維持し、これまでと同じペース(月6兆円)で国債買い入れオペを継続すると述べました。さらに、4月の日銀金融政策決定会合では、金利は予想どおり据え置かれ、急速な引き締めは行わないとのスタンスが確認されました。その一方で、コアインフレ率の見通しは、2024年が1月予想値の2.4%から2.8%へ、2025年が同1.8%から1.9%へと、ともに引き上げられています。 

 

図1:政策金利は遅かれ早かれ上昇と予想

オーバーナイト・インデックス・スワップ市場が示唆する政策金利

政策金利は遅かれ早かれ上昇と予想

政策金利は遅かれ早かれ上昇と予想
オーバーナイト・インデックス・スワップ市場が示唆する政策金利
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

日本資産への影響

日本の株式などのリスク資産が投資家にとって魅力的な投資先となりうることは否めません。企業ガバナンスの向上、円安による輸出企業への好影響、構造的変化はいずれも日本株を支える要因となります。実際、日経平均株価は2024年の最初の4ヵ月で12%上昇しました3

しかし、日銀のETF買い入れプログラムが終了し、徐々にでも金利が上昇すれば、長期的に株価への圧力となる可能性があります。ブルームバーグの調査では、回答者の44%が日銀の金融政策正常化を「終わりの始まり」と見ており、11%が強気相場は終わるとしています。短期的に見て、現在の株価への評価は強気であり、ボラティリティが拡大する可能性があります(図2)。 

 

図2:短期ボラティリティが拡大する可能性 

過去の株価純資産倍率(PBR)が示唆する日経平均株価(現在2.3倍)

短期ボラティリティが拡大する可能性

短期ボラティリティが拡大する可能性
過去の株価純資産倍率(PBR)が示唆する日経平均株価(現在2.3倍)
*2024年4月時点。PBRに対応する指標を乗じて求めた日経平均株価帯。価格帯は過去10年間のPBRの標準偏差に基づく。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

*2024年4月時点。PBRに対応する指標を乗じて求めた日経平均株価帯。価格帯は過去10年間のPBRの標準偏差に基づく。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

一方、円高の可能性にも注目すべきです。世界の金融緩和サイクルが差し迫る中で日本の利回りが上昇すると、長期的に円高が見込まれます。そうなれば、日本企業は収益や生産のかなりの部分を海外に依存しているため、株式には逆風となるおそれがあります(図3)。また、円安は最近の日経平均株価高騰の重要な要因にもなっています。

 

図3:円高が日本企業の海外収益に与える脅威

日本の製造業における海外事業の比率

円高が日本企業の海外収益に与える脅威

円高が日本企業の海外収益に与える脅威
日本の製造業における海外事業の比率
*2023年時点JBICの2023 Survey on Oversea Business Operationsによる。 出所:JBIC、ワールド ゴールド カウンシル

*2023年時点JBICの2023 Survey on Oversea Business Operationsによる。  
出所:JBIC、ワールド ゴールド カウンシル

日本の債券資産は、利回り上昇と日銀の国債購入減額によって打撃を受けるとみられ、多額の日本国債を保有する機関投資家は、金利が上昇すれば損失をこうむる可能性があります。 

さらに広い視点で見ると、世界では地政学的な不安定性が高まるおそれがあり(図4)、投資環境が厳しさを増す中で、投資家はポートフォリオを保護する方法を検討する必要があると考えます。 

 

図4:地政学的リスクの拡大

地政学リスク・インデックス

地政学的リスクの拡大

地政学的リスクの拡大
地政学リスク・インデックス
*2024年4月時点。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

*2024年4月時点。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

日本のポートフォリオにおける金の役割

日本において、金はポートフォリオのリスク分散手段としての役割があります。とりわけシステミックリスクの発生時、金はほぼ例外なく効果を発揮しており、日経平均が10%以上下落した13四半期のうち9四半期でプラスのリターンを生み出しています(図5)。残る4四半期においても、金のパフォーマンスは日本株式を上回っていました。  

 

図5:金は株式の損失を効果的に吸収

日経平均が10%以上下落した四半期の資産パフォーマンス*

金は株式の損失を効果的に吸収

金は株式の損失を効果的に吸収
日経平均が10%以上下落した四半期の資産パフォーマンス*
* 2000年1月から2024年3月の日経平均株価、LBMA金価格午後決め値、NOMURA-BPIに基づく。すべて円建て計算。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

* 2000年1月から2024年3月の日経平均株価、LBMA金価格午後決め値、NOMURA-BPIに基づく。すべて円建て計算。 
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

日本株式などのリスク資産との相関性が低く、長期的に平均するとほぼゼロになることが、金のパフォーマンスの主な要因となっています (図6). 金のパフォーマンスには多様な要因があり、日本経済にも影響されないため、日本の投資家にとって有効な分散手段としての役割を果たすことができます。 

 

図6:一般的に金と日本株は相関性が低い

金とTOPIXの36ヵ月ローリング相関*

一般的に金と日本株は相関性が低い

一般的に金と日本株は相関性が低い
金とTOPIXの36ヵ月ローリング相関*
* 1971年1月から2024年4月までのTOPIX指数とLBMA金価格午後決め値の月変化率に基づく。すべて円建て計算。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

* 1971年1月から2024年4月までのTOPIX指数とLBMA金価格午後決め値の月変化率に基づく。すべて円建て計算。 
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

投資ポートフォリオにおける金ならではの分散化効果とリスク軽減効果は、さまざまな資産クラスの下振れリスクとリターンを比較すると明らかです。一般的に、下振れリスクとリターンの間には正の相関関係があります。つまり、下振れリスクが小さいほどリターンは低く、下振れリスクが大きいほどリターンは高くなります(図7)。しかし、金は例外です。過去20年にわたる金の平均リターンは年10%を超えており、そのパフォーマンスは投資カテゴリーの中でも最高の部類に入ります。さらに重要な点は、金は下振れリスクも限られていることです。これは質の高い他の債券資産と対照的な点です。債券も金と同じく下振れリスクは限られていますが、かわりにリターンは低く抑えられます。

 

図7:金ならではの分散効果

さまざまな資産クラスの長期パフォーマンス(円建て)と下振れリスク

金ならではの分散効果

金ならではの分散効果
さまざまな資産クラスの長期パフォーマンス(円建て)と下振れリスク
*2004年3月31日~2024年3月31日のデータ。ダウンサイドキャプチャーレシオは、下落相場におけるリターンをインデックスのリターンで割って算出。 金:LBMA金価格午後決め値、米国社債:ICE BofA USコーポレート・インデックス、日本社債:ICE BofA Japan コーポレート・インデックス、日本国債:BPI日本国債指数、エ新興国株式:MSCIエマージング・マーケット指数、グローバル小型株:MSCI ワールド・インデックス スモールキャップ、コモディティ:ブルームバーグ商品指数、キャッシュ:ICE BofA 日本円3ヶ月預金金利、米国ハイイールド債:ブルームバーグ ハイイールド・インデックス、日本株:日経225指数。全て円ベースで計算。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

*2004年3月31日~2024年3月31日のデータ。ダウンサイドキャプチャーレシオは、下落相場におけるリターンをインデックスのリターンで割って算出。 金:LBMA金価格午後決め値、米国社債:ICE BofA USコーポレート・インデックス、日本社債:ICE BofA Japan コーポレート・インデックス、日本国債:BPI日本国債指数、エ新興国株式:MSCIエマージング・マーケット指数、グローバル小型株:MSCI ワールド・インデックス スモールキャップ、コモディティ:ブルームバーグ商品指数、キャッシュ:ICE BofA 日本円3ヶ月預金金利、米国ハイイールド債:ブルームバーグ ハイイールド・インデックス、日本株:日経225指数。全て円ベースで計算。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

地政学的危機がいつ、どの程度の規模で発生し、どれぐらいの期間続くかは常に不透明であり、事前に予測することはほぼ不可能です。米国や世界各国で大規模な選挙が実施される年には、この不透明性はさらに増幅されます。こうした理由から、長期的、戦略的なポートフォリオの分散化は必須であり、金は地政学的リスクヘッジに重要な役割を果たすことができます(図8)。

 

図8:金は地政学的な不透明性からポートフォリオを保護

イベント後5日間のリターン*

金は地政学的な不透明性からポートフォリオを保護

金は地政学的な不透明性からポートフォリオを保護
イベント後5日間のリターン*
* MSCIワールド・インデックスおよびLBMA金価格午後決め値に基づく。該当期間:湾岸戦争:1990/09/02、9.11米国同時多発テロ:2001/09/11、英国のEU離脱:2016/06/23、新型コロナウイルス:2020年3月、ロシアのウクライナ侵攻:2022/02/24、イスラエルとハマスの紛争:2023/10/07 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

* MSCIワールド・インデックスおよびLBMA金価格午後決め値に基づく。該当期間:湾岸戦争:1990/09/02、9.11米国同時多発テロ:2001/09/11、英国のEU離脱:2016/06/23、新型コロナウイルス:2020年3月、ロシアのウクライナ侵攻:2022/02/24、イスラエルとハマスの紛争:2023/10/07 
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

金は今も魅力的な資産か

年初来、金は驚異的なパフォーマンスを見せています(図9)。主要中央銀行の利下げ見通しや地政学的リスクの高まりによって、デリバティブ市場のポジションは3月に大きく改善し、金価格を押し上げました。さらに、第1四半期は 中央銀行による購入量 が記録的水準に達し、主要地域で金現物の需要が堅調だったことが、金の高騰に拍車をかけました。2024年最初の4ヵ月で、米ドル建てのLBMA金価格午後決め値は11%の上昇でしたが、円建てでは24%も高騰しました。

 

図9:2024年も金の好調なパフォーマンスは継続

2023年および2024年年初来の資産別リターン*

2024年も金の好調なパフォーマンスは継続

2024年も金の好調なパフォーマンスは継続
2023年および2024年年初来の資産別リターン*
*2024年4月時点。日経平均株価、LBMA金価格午後決め値、S&P500指数、MSCIワールド・インデックス、ブルームバーグ商品指数、ブルームバーグ日本国債指数、NOMURA-BPI、ブルームバーグ米国総合指数、ブルームバーグ・グローバル総合指数に基づく。すべて円建て計算。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

*2024年4月時点。日経平均株価、LBMA金価格午後決め値、S&P500指数、MSCIワールド・インデックス、ブルームバーグ商品指数、ブルームバーグ日本国債指数、NOMURA-BPI、ブルームバーグ米国総合指数、ブルームバーグ・グローバル総合指数に基づく。すべて円建て計算。 
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

ワールド ゴールド カウンシルの 2024年の金の見通し では、3通りの経済シナリオとそれらが金のパフォーマンスに与える潜在的影響について述べました。また、中央銀行による継続的な金購入と地政学的リスクの増大がさらに金の高騰を後押しする可能性についても示唆し、今年はこれまでその通りの展開となっています。ワールド ゴールド カウンシルが最近のゴールド・デマンド・トレンド で述べたように、世界の中央銀行は2024年にトレンドを上回る金購入を維持すると予想され、それが引き続き金のパフォーマンスを支えるとみられます。 

デリバティブ市場における投資家のポジションなどの短期的要因から金価格は最高値をつけており、そのため市場では過剰買いが生じていると考える向きもあります。しかし、ワールド ゴールド カウンシルの分析によると、金保有は過去最低に近い水準にあります(図10)。堅調な現物需要、FRBがいずれ緩和サイクルを開始するとの見通しによる米国債利回りの低下、地政学的リスクの高まりといった強力なファンダメンタルズと合わせて考えると、現在の金価格は過大評価されていないと思われます。 

 

図10:価格は過去最高、保有は過去最低に近い水準

金価格の推移と米国資産全体に占める金の割合

価格は過去最高、保有は過去最低に近い水準

価格は過去最高、保有は過去最低に近い水準
金価格の推移と米国資産全体に占める金の割合
*2024年3月31日までの月別データ。世界のETF全体に占める金ETF運用資産残高(AUM)の割合。ブルームバーグのEQSスクリーニングで抽出した米国取引所におけるAUM 10億米ドル以上のアクティブ運用型米国ETFが対象。 出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル

結論

日銀がマイナス金利政策を終了したことで、将来の不透明感が増しています。日本株の割高感などの短期的な懸念や、金利上昇と円高が株式・債券資産に与えるマイナスの影響などの長期的なリスクが、国内ポートフォリオに打撃を与えるおそれがあります。ワールド ゴールド カウンシルの分析によれば、円建て金資産は国内株式市場のドローダウンや地政学的ショックから日本の投資家を守ることができます。さらに重要なのは、下振れリスクが小さいのにリターンが高いという金ならではの特性が、ポートフォリオのリスク分散とリターン向上に理想的であることです。 

しかし、金が高騰し、最近になって過去最高値を更新し続けていることから、投資家は金への配分を躊躇するかもしれません。ワールド ゴールド カウンシルでは、中央銀行がトレンドを上回る金購入を続けていることや地政学的リスクが広がっていることから、混沌とした世界情勢の中、投資家にとって金の魅力は高まり続けると考えています。また、資産全体における金保有も依然として過去最低に近い水準にあることから、価格は過大評価されていないと考えます。 

短期的な難局で投資家が困惑するおそれはありますが、長期的な展望にも目を向けるべきです。それは、不換通貨の供給が拡大し続け、世界各国の国債が破綻の危機に瀕していることです。金はポートフォリオに必要なヘッジと価値保全の手段を提供できます。 

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