上半期、日本を始め世界中で主要資産の価値が下がりましたが、金はインフレの上昇および地政学的リスク、円安の結果、円換算で19%のリターンをもたらしました(図1) 1
他の主要中央銀行とは対照的に、日本銀行(日銀)は景気回復を支援するために金融緩和策を継続しています。国内債券の利回りの動きが限定的であることによって日本国債(JGB)が持つリスクヘッジ機能が弱まる可能性がある一方で、世界経済や日本経済の先行きが楽観視できないため、日本の投資家にとってはさらなる問題がもたらされるおそれがあります。また、世界的なスタグフレーションのリスクが高まるにつれ、ローカルポートフォリオにとって、戦略的資産としての金の役割が一段と重要になることが見込まれます。
過去データと仮想ポートフォリオ構成に基づく分析では、金への配分比率が5%であれば、日本の年金基金のリターンは改善され、リスク軽減に有効なことが示されました。過去データの分析では、金が購買力を維持する上で有効なツールであることが示されています。
図1:円建て金の強さは円の弱さの裏返し*
円建て金の強さは円の弱さの裏返し*
Yen gold's strength has mirrored yen's weakness*
円建て金の強さは円の弱さの裏返し*
* LBMA金価格午後決め値の月次データ(円)および円実質実効為替レートに基づく。2022年6月現在。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
World Gold Council; Disclaimer
* LBMA金価格午後決め値の月次データ(円)および円実質実効為替レートに基づく。2022年6月現在。
2022年上半期:円安、金融市場の混乱、金相場上昇
日本円はここ数か月で大幅に下落し、2022年上半期、対ドルレートは18%の円安となりました。2 主な要因は、日本と、米国を始めとする他の市場との金融政策の違いです。米連邦準備制度理事会(FRB)が増大するインフレ圧力と戦うために積極的な政策金利の引き上げを行っている一方で、日銀は量的・質的緩和策(QQE)とイールドカーブコントロール(YCC)を維持しています。3
その結果、日米間で拡大した金利スプレッドが日本円の下振れ圧力となっています。これに伴い、輸入コストの上昇による貿易収支の悪化が円安をさらに推し進めています。 4
金融市場も不安定になっています。今年第1四半期、(主にオミクロン株の感染拡大と輸入コストの上昇によって)日本の実質経済成長率はマイナスとなり 5、それに円安と世界的な地政学的リスクとが加わって、日本の株式市場に圧力がかかりました。同時に、日本の投資家ポートフォリオの重要な構成要素である世界の債券市場が、主要地域における金利上昇とインフレ拡大によって不安定になっています。
しかし円建て金のパフォーマンスは、ヘッジ需要に牽引され、また一部円安にも支えられて好調でした(図2)。世界的な金利の上昇は多くの問題を引き起こしましたが、金はインフレ懸念と地政学的リスクによって価格が維持されてきました。 6ドル高により金のドル建て価格が抑えられた一方で、今年上半期の金の円建て価格は19%上昇し、対ドル為替レートでの円安を完全に補てんする形になりました。
図2:2022年上半期、日本の主要資産を上回る金のパフォーマンス*
*2022年6月30日現在。
*2022年6月30日現在。
*2022年6月30日現在。円実質実効為替レート、MSCIワールドインデックス、日経平均株価、東京証券取引所インデックス 、ブルームバーグ・バークレイ・グローバル総合インデックス、ブルームバーグ商品指数、NOMURA-BPI日本国債 、TOPIX不動産業指数 、LBMA金価格午後決め値に基づく。計算はすべて日本円で実施。
出所:ブルームバーグ、ICEベンチマーク・アドミニストレーション、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
ICE Benchmark Administration,
World Gold Council; Disclaimer
日本の投資家が直面する課題
日本の機関投資家は、国内市場と海外市場の両方で苦境に立たされていると感じたかもしれません。
低利回りという状態が何年も続いているため、日本の機関投資家が成長を求めて資産のかなりの部分を海外市場に振り向ける機会が増えてきました(図3)。例えば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の外国資産への投資は、2021年第3四半期に50%に達しました。また、平均的な企業年金基金では30%を外国投資に当てています。さらに2022 Global Pension Assets Studyでは、日本の年金資産による株式および債券への投資全体で、国内の株式と債券が占める割合が一貫して低下していることが示されました。
図3:相当規模に上る日本の機関投資家の海外エクスポージャー *
相当規模に上る日本の機関投資家の海外エクスポージャー *
相当規模に上る日本の機関投資家の海外エクスポージャー *
* GPIFの2021年第3四半期の財務報告に基づいており、企業年金の平均配分は企業年金連合会(pfa.or.jp)の情報に基づく
Source: GPIF, Pension Fund Association, World Gold Council
Sources:
GPIF,
Pension Fund Association,
World Gold Council; Disclaimer
GPIFの2021年第3四半期の財務報告に基づいており、企業年金の平均配分は企業年金連合会(pfa.or.jp)の情報に基づく。
債券は地域的にも世界的にも魅力が低下する可能性があります
日本の債券利回りには限界がある可能性があります。日銀の黒田東彦総裁が直近の日銀政策決定会合 で強調したように、日銀は日本の景気回復を後押しするため、金融緩和策を継続することが明らかになりました。また日銀は先ごろ、高まるインフレ期待や、将来の日銀の政策スタンス転換のわずかな可能性に対するトレーダーたちの思惑にもかかわらず、国債の利回りを抑えて行くことを決定しました。10年国債の利回りが、設定した0.25%の上限を上回ったことから、日銀は6月15日に、5年超10年以下の国債の買い入れを5,000億円から8,000億円に増額しました。さらに、30年国債利回りが急上昇したのと同じ日に、長期国債を買い入れるという驚きのオファーも発表しました。 7
2016年9月にはじめて導入されたQQEの第3フェーズで日銀は、YCCプログラムによって金利を低く抑え、日本の経済成長を支えることができました。しかしそれには、特に国内の投資家に対する潜在的な副作用がありました。一つは、日銀の管理下において抑えられた利回りが、2016年以降、日本の株式市場リスクを分散させるという国債の効力を低下させた主な要因であった可能性があります(図4)。
また、最近の日銀の発表 は、日本の低利回りがまだしばらく続く可能性があることを示しています。そしてワールド ゴールド カウンシルは、国内景気の回復に対応することや、2%というディマインドプル・コアインフレ目標を持続可能な方法で達成することを優先するのであれば、日銀のハト派的金融政策スタンスがさらに長い間続く可能性があると考えています。その結果、日本の投資家はよりリスクの高い資産や国際市場を介してリターンを求めるようになるでしょう。
図4:債券の限定的な動きが日本の株式市場リスクを分散させる日銀の能力を制限する可能性あり*
債券の限定的な動きが日本の株式市場リスクを分散させる日銀の能力を制限する可能性あり*
債券の限定的な動きが日本の株式市場リスクを分散させる日銀の能力を制限する可能性あり*
* 2002年6月~2022年6月までのTOPIXインデックスとBPI JGB債券インデックスの月次リターンに基づく。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
World Gold Council; Disclaimer
* 2002年6月~2022年6月までのTOPIXインデックスとBPI JGB債券インデックスの月次リターンに基づく。
しかし、日本の投資家にとっては国際債券市場も天国ではありません。米国債には利回りが高くなる可能性がありますが、今年に入ってからこれまでのところは不安定です。米連邦準備制度理事会の積極的な金利引き上げのなか、ブルームバーグ米国債総合インデックス は2022年上半期に14%下がり、また6か月のローリング・ボラティリティは、2008年以来の高値が記録されました 。
日米間の大幅な金利差に押されて急騰した通貨ヘッジコストを考慮した場合、米国債の利回り上昇はさほど魅力的とはいえないかもしれません(図5)。
図5:ヘッジ後、急上昇している米国10年国債利回りが日本の投資家にとってはほぼゼロになる可能性あり*
ヘッジ後、急上昇している米国10年国債利回りが日本の投資家にとってはほぼゼロになる可能性あり*
ヘッジ後、急上昇している米国10年国債利回りが日本の投資家にとってはほぼゼロになる可能性あり*
* 米ドル/円の3か月および12か月のヘッジコストと、2010年6月~2022年6月までの米国10年国債の利回りの月次データに基づく。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
World Gold Council; Disclaimer
* 米ドル/円の3か月および12か月のヘッジコストと、2010年6月~2022年6月までの米国10年国債の利回りの月次データに基づく。
成長の課題は国内および世界で増大しています
過去数か月で、世界的スタグフレーションリスクへの懸念が高まってきました。世界銀行によると、長引くロシア・ウクライナ戦争は、重大なサプライチェーンの混乱をもたらし、世界中で商品価格の高騰をもたらしています。商品価格は何年も高止まりする可能性があります。世界銀行は、中国経済の成長が減速する可能性などの不確定要素や地政学的リスクから、世界の成長予測についても大幅な下方修正を行いました。
ワールド ゴールド カウンシルの過去の分析と定義によると、(全米産業審議会指数の変化に見られる)成長率の低下とインフレ率の上昇とが相まって、スタグフレーションがすでに始まっている可能性があります(図6)。
図6:米国ですでにスタグフレーションが始まっている可能性あり
1971年第1四半期~2022年第2四半期までの全米産業審議会指数とコアインフレの四半期ごとの前年比変化
米国ですでにスタグフレーションが始まっている可能性あり
米国ですでにスタグフレーションが始まっている可能性あり
1971年第1四半期~2022年第2四半期までの全米産業審議会指数とコアインフレの四半期ごとの前年比変化
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
World Gold Council; Disclaimer
そして日本は独自の問題に直面しています。原材料価格がきわめて高い水準にあり、企業収益が圧迫されています。コストが上昇しているものの日本では、数十年間上がらない賃金と屈折需要曲線という、わずかな値上げが需要の大幅減を招く状況にあるため、国内の卸売業者は値上げ分を顧客に転嫁することに慎重にならざるを得なくなっています。8 それが、日本の卸売りと小売りのコストギャップの拡大に部分的に反映されています(図7)。
図7:日本の卸売コストと上昇する消費者インフレとのギャップが拡大*
日本の卸売コストと上昇する消費者インフレとのギャップが拡大*
日本の卸売コストと上昇する消費者インフレとのギャップが拡大*
* 毎月発表される日本の消費者物価指数(CPI)と企業物価指数の前年同期比に基づく。 2022年6月現在。
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
World Gold Council; Disclaimer
* 毎月発表される日本の消費者物価指数(CPI)と企業物価指数の前年同期比に基づく。2022年6月現在。
ただし、このギャップは最終的には何らかの形で狭まるでしょう。現在の商品市場の動きを考慮すると、家計の負担が重くなり、需要が減少する可能性があっても、小売価格は上昇すると見込まれます。
これに貿易赤字が新たな問題をもたらします。原油など海外の天然資源に依存している国であることから9 、日本の輸入コストは商品価格の上昇を受け大幅に増大しています。これは、世界的な成長に鈍化の兆しが見えると同時に、2021年に日本の輸出の3分の1を占めた中国経済が減速する可能性があるなかで起こったことです。10 輸入コストの上昇と弱含みの外需は、今後も収益の流出が続くおそれがあることを示唆しています。
上流セクターにおける利益圧迫や、脆弱な小売需要に対するコスト圧力、不可避の収益流出に、前述した要因が加わったことが、日銀が海外の中央銀行の金融引締策とは異なる政策を続けている理由となっている可能性があります。
世界的な成長鈍化と日本経済への圧力が最終的に、金融市場の変動幅拡大につながることが見込まれます。そして金こそ、日本の投資家ポートフォリオのパフォーマンス向上に効果的なツールとなる可能性を秘めているとワールド ゴールド カウンシルでは考えています。
日本の投資家にとっての金の価値
最近の金のパフォーマンスは、不安定な世界情勢と円安のなかで、日本の投資家にとっての戦略的価値を浮き彫りにしました。また、スタグフレーションのリスクが高まるにつれ、スタグフレーション環境における他の主要資産との比較で、金の優れたパフォーマンスが投資家にとってさらに魅力あるものになると思われます(図8)。
図8:過去データに基づくとスタグフレーション下で他の主要資産を上回る金のパフォーマンス
さまざまなサイクルにおける資産の平均年率リターン*
過去データに基づくとスタグフレーション下で他の主要資産を上回る金のパフォーマンス
過去データに基づくとスタグフレーション下で他の主要資産を上回る金のパフォーマンス
過去データに基づくとスタグフレーション下で他の主要資産を上回る金のパフォーマンス
さまざまなサイクルにおける資産の平均年率リターン*
*1971年第1四半期~2022年第2四半期のLBMA金価格午後決め値、ブルームバーグ商品指数、ブルームバーグ・バークレイ・グローバル債券インデックス、BPI JGB債券インデックス、S&P500指数、MSCI世界株価指数、MSCI EAFEインデックス、東証REIT指数およびTOPIXの四半期リターンに基づく。計算はすべて日本円で実施。景気循環の定義については、以下を参照: Stagflation rears its ugly head | World Gold Council
出所:ブルームバーグ、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
World Gold Council; Disclaimer
*1971年第1四半期~2022年第2四半期のLBMA金価格午後決め値、ブルームバーグ商品指数、ブルームバーグ・バークレイ・グローバル債券インデックス、BPI JGB債券インデックス、S&P500指数、MSCI世界株価指数、MSCI EAFEインデックス、東証REIT指数およびTOPIXの四半期リターンに基づく。計算はすべて日本円で実施。
日本の投資家が金を購入すべき理由とは?
戦略的資産としての金の役割は、例を使うと分かりやすく示すことができます。前述のGPIFに話を戻すと、ワールド ゴールド カウンシルの分析では、過去20年間、仮想GPIFポートフォリオのリスク・リターンプロファイルは、他の資産のウェートを5%低減する一方で、金を5%取り込むことで改善されることが示されています(表1):
表1:金はGPIFの仮想年金ポートフォリオのパフォーマンスを改善します*
* データの入手可能性のため2002年6月~2022年6月の、国内債券(NOMURA BPI日本国債インデックス)、外国債券(FTSE世界国債インデックス)、国内株式(TOPIX)、外国株式(MSCIオール・ワールド・インデックス(日本を除く))、およびLBMA金価格午後決め値の月次データに基づく。想定最大損失額は、対応するZ値に年率変動幅を乗じて算出。計算はすべて日本円で実施。
出所:ブルームバーグ、ICEベンチマーク・アドミニストレーション、GPIF、ワールド ゴールド カウンシル
前述したように、日本の平均的な企業年金基金ポートフォリオに金を5%追加した場合も、同様の改善が見られます。金にはリターンを高め、リスクを軽減する効果があります(表2)。
表2:金は日本の仮想企業年金ポートフォリオの平均的パフォーマンスも改善します*
* 2002年6月~2022年6月の国内債券(NOMURA-BPI日本国債インデックス)、外国債券(FTSE世界国債インデックス)、国内株式(TOPIX)、外国株式(MSCI オール・ワールド・インデックス(日本を除く))、現金(TIBOR 3か月物に基づく)、その他(東証REIT指数の50%+日本の銀行ローン平均金利に基づくローンの50%)、一般会計(表1に記された仮想GPIFポートフォリオで表される)およびLBMA金価格午後決め値の月次データに基づく。計算はすべて日本円で実施。
出所:ブルームバーグ、ICEベンチマーク・アドミニストレーション、ワールド ゴールド カウンシル
こうした改善は主に、金が持つ長期的リターンをもたらす能力と、困難な状況下で日本や世界の株式と金との間に生じる逆相関に起因しています。ワールド ゴールド カウンシルの分析によると、金は円建てで、1971年以来6%、過去20年間では9%、過去5年間では10%の年率換算リターンを達成してきました。また、金の市場流動性は高く、通常は取引コストの低減とビッドアスクスプレッドの縮小につながります。2022年6月、金の取引量は1日平均16兆円でした。
さらに、金の最近の円でのパフォーマンスが、購買力の保全手段としての金の役割を下支えしています。過去のデータによると、供給が限られていて、需要が安定していることから、不換通貨に対する金の価値が下がったことはありません(図9)。
図9:金との比較で通貨の購買力は過去数十年にわたって大幅低下*
金との比較で通貨の購買力は過去数十年にわたって大幅低下*
金との比較で通貨の購買力は過去数十年にわたって大幅低下*
*2021年12月31日現在。「金」との間の相対的な価値:LBMA金価格午後決め値、「コモディティ」。2000年以降のブルームバーグ商品指数および主要通貨。コモディティと通貨価値を金の重量(オンス)に換算し、2000年1月を100として指数化。
出所:ブルームバーグ、ICEベンチマーク・アドミニストレーション、ワールド ゴールド カウンシル
Sources:
Bloomberg,
ICE Benchmark Administration,
World Gold Council; Disclaimer
結論
2022年に入りこれまでのところ、金は日本の投資家に優れたリターンをもたらし、運用実績で他の多くの円建て資産を上回っています。世界的にインフレ懸念や地政学的リスクが高まり、円安が進んだことが、円建て金の強さの主な要因となっています。
今後、日銀のQQEおよびYCCの両プログラムが引き続き実施された場合、株式市場のリスク分散手段としての国内債券の役割は、その効果が低下して行く可能性があります。また成長リスクが残っていることから、日銀はハト派的スタンスを維持し、今後も長期にわたって低金利政策を続けて行くことが考えられます。
他の市場の債券は通貨ヘッジ費用が高いため、日本の投資家にとってはコスト高になる可能性があります。さらに悪いことに、世界と国内の金融市場は、成長見通しが不透明ななかで混乱を続けるおそれがあります。
このようなリスクは投資家を慎重にさせるだけでなく、日本の投資家にとっては戦略的資産としての金の適性を一段と高める可能性があります。過去のデータに基づいた日本の仮想年金ポートフォリオのパフォーマンステストによって、リターンを増やし、リスクを低減する金の能力が明らかになりました。さらに金は、国内の家計の購買力を保全することもできます。